以前からお話を伺いたいと思っていた方がいらっしゃいます。3000台ほどヴィンテージ・スピーカーを組み込んだ箱を作り販売されたという、某国立大学名誉教授の井上先生です。ヴィンテージ・スピーカーの情報は、それほど国内には多くなく、学術的より実際の現場の話を伺いたいと思っていました。大学では情報工学の教授ということです。これほど多くのヴィンテージ・スピーカーと触れ合ってきた方も少ないと思われます。そこで得られた蓄積だけでも、学課は違いますが、教授と呼ばれて相応しいなと思います。著書の「ジャーマンビンテージスピーカーは何故音が良いのか?」はずっと愛読書です。
しかし、3000台というのは驚異的です。私がブランドを作りオーデイオ販売を行っていた時から通算しても、多分スピーカーは150台程度しか組んでいません。桁が違いますね。この圧倒的な数の中に莫大なノウハウが潜んでいるはずです。
その井上教授から、13cmのユニットを2種類譲っていただきました。RFTのL2205と同じRFTの124MBです。どちらもラジオなどで使用される一般向けのユニットになります。実は、プロユースのL2301辺りを狙っていましたが、そう簡単に入手はできません。価格も高いでしょう。
そのユニットを眺めながら、新しい後面解放箱のデザインを考え始めました。今回はできるだけ簡単に組み立てられて、しかも自分のリスニング環境にマッチするデザインを目指しています。前回のブログで、無垢材を使った箱を紹介していますが、構造が複雑で作るのが大変です。それで、今回のブラックMDF素材のデザインを新しく考えました。
普通、デザイン的には素材を複合させた方が完成度が高く見えます。車だと、ガラスやゴム製のタイヤ、そしてクロームメッキパーツなど、色々な素材で構成されてあの質感が生まれます。MDFのみだとなあ・・。そうは言っても、バインディングポストやスピーカーユニットなど別素材が入りますので複合素材は必然ですが。それで今回は、ブラックMDFと箱の四隅に木の無垢材を入れ、ステンレスの銘板を組み合わせて、素材を複合させています。
実は、このブラック MDFは、なかなか難しい素材です。金属や樹脂ほど均一な素材ではありません。その不均一は表面に現れます。手で触ったり、ヤスリをかけたりと、その経過が表面に蓄積して表情になります。その表情が製品化しようとする時に不均一な姿を表します。絵画などでは、わざと不均一な表情を苦労して作りますが、このMDFの個性をどう扱うか悩ましい問題です。工業製品的でないからです。デザインを考える時、製品の出来上がりを想像します。量産品でもバラツキは出ますが、普通は均一を目指します。塗装すれば均一性は出てきますが、この個性は残した方が良さそうに思えます。無垢板を使うのと同じかもしれません。そういう意味で実に奥深い素材に感じます。ヴィンテージユニットを取り付けて遊ぶのですから、それなりの表情が箱にあって不自然ではないです。やはり表情を活かそう。
箱を組立てる時、難しいなと思うことは直角に板を組むことです。ホゾを使ったりビスケットを使用したり、また45度で合わせるか端面を見せて組んでいくか等、ネジの頭はどうしようか?もあり、悩ましいです。今回は、シャーシになるアルミ角棒に側板や天板を接着し全体を組立てることにし、MDF同士は接着しない方法でいきます。この方法で作るエンクロージャは無いんじゃないかと思います。
それで、完成したのがこのデザインです。
後面は、パンチングのパターンで13cmのコーンとほぼ同じ面積が解放されています。穴が無いと、 容量が小さな密閉箱になり低域が不足し、詰まってボンボン弾み音質が変わってしまいます。バスレフは付いてないので、箱で音を作ることもなく、ユニットの個性を楽しむことができます。バッフルを交換して、別ユニットを簡単に楽しめるのは、以前デザインした平面バッフルと同じコンセプトです。ただ板厚が9mmあるので、バスレフ効果が若干あるのかも。後方に壁があれば、音によりまとまりが出て聴きやすい感じがします。とにかくコンパクトなのが良いです。
直接テーブルに置くより、少し持ち上げた方が自然な音になります、そこで20度ほど回転させまして完成です。
今回は、RFT-L2205を楽しみましたが、低域が思った以上に出て、オスカー・ピーターソン・トリオの「You Look Good To Me」なども楽しめてしまいます。多くの方に定番の曲ですが、結構驚かされました。仕事をしながら聴いていると、目の前の10インチ・テレフンケンのレッドニップルが鳴っているかと錯覚してしまいます。重低音は流石に負けてしまいますが、それでも十分な感じがしますので、ヴィンテージ・スピーカーの優秀さをつくづく感じます。そして、よく言われることですが、人の声がとても素直に聴けます。現代のオーデイオでも難しいですが、こちらの方がより自然かもで、非常に良いです。空気感が気持ち良い。そしてさらに驚いたのが、ギターが非常に良いんです。アコースティックの響きは抜群です。Marcinの「Layla」は聴き惚れてしまいます。
以前Philipsの12cmを平面バッフルで聴いた時、非常に驚きまして、これで十分じゃないと思ったのですが、今回デザインした箱で13cmユニットの素を聴くと、昔の人が何を欲していたかがよく分かります。現代のような電子音など無い時代に、声に寄り添い、弦の響きを楽しむリッチな時間を過ごしていたんでしょう。ボリュームをいつもより少し大きくすると感激もより大きくなりますね。
www.youtube.com/watch?v=rwzcjli1bek