出力トランス

 1970年台Telefunken製

炊き立ての湯気たつ「白いごはん」、美味しいですね。そのままでも充分美味しいのですが、子供の頃から永谷園の「お茶漬け海苔」をかけるのが好きです。お茶漬けにしても、ふりかけとして食しても美味しい。白いご飯は「お茶漬け海苔」で別の食べ物になります。これは、主食である「ごはん」をいかに美味しくいただくかを考え抜いて生まれた文化です。
ヴィンテージ・スピーカーは「ごはん」に似ています。アンプで味付けしたり、人によってはケーブルや電源でスパイスをプラスしたり、遊びは無限です。

オーディオのデザインを始めた頃、自分のイメージに合うデザインを行うと、使用できるユニットが限られてしまい非常に困ったことがありました。さらに、欲しい音も漠然とあり、デザインと音を両立する難しさに困惑していました。しかし、その時は力技でなんとかバランスさせようともがいて、頭の中はそのことでいっぱいでした。ユニットを改造しても、エンクロージャを工夫しても、物理の原則には逆らえない。それでも、なんとか捻じ伏せたいとずっと苦戦し続けていました。
平面バッフルに興味が移って、やっとその呪縛から解放されます。調味料の味がしない素材そのものの味を楽しむことに、やっと気がつきました。そう思えるようになってヴィンテージ・スピーカーに向き合うと、個性がありながら美味しい素材がいっぱいなんですね。ユニットの個性を捻じ曲げようとした暴挙が恥ずかしい。

昔、ジャガー XJ6 series1を足にしていたとき、高速道路の加速時に、エンジン音が変わり猛獣が吠えながら走る感じがするのをとても好ましく感じていました。しかし、10キロほどで街中をゆっくり走るジャガーXJ6 series1は、なんとも優雅でイメージの中にいるジャガーそのもの。この時、Eタイプと同じインパネを眺めながら、この車の懐の深さと素の味の旨味を感じていました。非常に重たく作ったサスペンションや重いエンジンなどが作り出すウェルバランス。今のクルマ作りとは逆方向を向いてます。

師匠の原さんから、出力トランスをお借りしています。一度試してみたら、というお誘いですが、名人からのお薦めなので、心して「ふりかけ」を頂こうと思います。「ごはん」には、「Rllit Lab8」を選択。接続は簡単で、今回はネットワークプレーヤーLUMINといつものオリジナル・アンプの中間に入れるだけです。

そして期待しながら流した音楽は、出力トランスで驚くほど大きく変化しました。絶対に出力トランスありの方が気持ち良いです。特にリッチな低域には驚嘆。と、ここで、励磁電源がオフであることに気がつきました。すぐに電源を入れたところ、今度は、音の変化量は随分小さくなりました。この差はなんでしょう。

出力トランス、これ、永谷園です。Rullitは文句ない素の音ですが、トランスを通過することで、単に音が良くなるのではなく、音楽の世界観が変化します。どんなトランスでも、そうなる訳ではないでしょう。音楽が一つの塊となって聴こえますので、実在感が増します。目の前にステージが、も良いですが音楽の塊が魂を持って存在する感じで、これはとても好ましく感じられます。Rillit Lab8は、高域でかなりシャープな響きがあります。そして驚くような低域もありますが、ほんの少しマイルドになり、それが塊になりますから感動を生みます。Rullit Lab8は、特に楽器の音が秀逸ですが、ヴォーカルでは少し硬さを感じることがあります。これがより肉声に近い感じに変化するので、ヴォーカル好きの人にはたまらないでしょう。ずっとアンプ製作に力を注いできましたが、これは一体なんなんでしょう。ただ、励磁電源を入れなかった時の衝撃が強かった。

Rullit Lab8の音は、楽器の違いがよく分かり、それぞれその楽器らしい音が聴けます。指揮者の小澤征爾さんは、オーケストラの楽器の音をブレンドして、一つの音楽となるように指揮をすると言われています。それなのに、オーディオ好きの、楽器を聴き分けて楽しむのは何なの?と語っていたようです。このトランスは、指揮者の思惑を表現するように思えます。

ここでスペックを簡単に紹介します。
1970〜80年代のTelefunken製の、放送局向けのトランスで、旧西ドイツ製では珍しいトロイダルコアのトランスだそうです。最近は市場に出ることも少なく、なかなか入手は難しいようです。オーナーの原さんは、デジタル臭さを消すために、このトランスを使用しているそうです。

実は、ここしばらく音楽やオーディオに距離を置いていました。ですが、このトランスがきっかけで、またオーディオの世界に戻りました。芳醇な音は心をほぐしてくれます。音楽は良いなと改めて思いましたし、中断していた新しいアンプの製作も再開しました。今回、聴き始めたのは、「ludovico einaudi」の「elements」です。ピアノがピアノらしく聞こえないと楽しめないアルバムです。最初の曲から深く沈み込んでいけます。