写真展のオープニング・パーティーに行ってきました。印画紙に緻密にプリントされた旧来の写真的方法のプリントは、非常に豊かなトーンで思わず写真に釘付けです。写真展と同時に発売された写真集のデザインを行っています。今回は、印刷の立ち会いも行い二日間印刷所に通い、全ての印刷を都度確認しながら印刷指示を出しました。印刷に通じたプリントディレクターが重要な仕事を行います。この指示により、印刷の仕上がりは大きく左右されます。印刷機から出てきたプリントは、まるで印画紙プリントのようなトーンに見えるようになります。知る限り、これ以上の職人的印刷コントロールはありません。
ゾーンシステムという写真のトーンをコントロールする理論があります。ネガの情報を、できるだけプリントに反映するための方法で、これはデジタルであっても非常に有効な手段です。ネガが持つ微妙なトーンは、印画紙では全てを引き出すことができません。おそらくネガが持つ情報の10%程しか引き出すことができていません。幅広いネガのトーン域と、トーン再現の幅が狭い印画紙の組み合わせでは仕方ないことです。かえってデジタルになった今は、数値コントロールが容易になりました。
CCDのラチチュードはフィルムより狭く、しかも元々数値なので計算向きですね。画像=演算結果ですから、なんだか味気ないです。シャドウの連続するトーンを豊富に印画紙に表現し、ハイライトも豊かなグラデーションを保つようにコントロールするのが手焼きの醍醐味ですが、シャドウとハイライトが豊かになると、中間域も自然と豊かなグラデーションとなり、結果作品としての高みに到達できます。
印画紙の豊かなシャドウを、低域の音質に置き換え、ハイライトのトーンを高域の表現と考えると、ゾーンシステムの考え方は、2Way / 3Wayのネットワーク設計と通じてきます。現代のスピーカー事情では、無響音環境をコンピュータ上で作ることができるので、昔よりさらに精緻なネットワーク設計による音作りが可能になります。写真的には、ラチチュードの外側のトーンを、レイヤーを用いて、狭いプリント色空間の中で再構築し、ラチチュードを擬似的に広げてプリントを行います。
スピーカーユニットでは、ユニットを360度方向から測定し、いろいろな減衰も考慮し、緻密な測定データを積み上げることで低域から高域まで豊かな表現力を持つスピーカー設計を行なっています。最近のスピーカーは、破綻のない製品がとても多く感じます。低域から高域まで、入力に対してほぼフラットに表現できるスピーカーも夢ではありません。現に、数年前にそのようなスピーカーをデザインしています。
究極のネットワークを目指したこのスピーカー、SZ3とネーミング。40Hz以上フラットな特性です。ネットワーク・パーツを納得いく部品で構成し、エンクロージャの高さに近いサイズになってしまいました。ユニットもフロントで固定せずエンクロージャの内部でマグネット部を利用して固定。ヴィンテージ・ユニットを聞き始めるまで、これをメインに使用していました。7セットが現存。
バッフルの左右は、後ろからの音の回り込みを制御するための形状になっています。サイドステップ。四角い形状では角の部分で、トゥイーターの音が乱れます。計算された形状です。低域までフラットなので、通常のアンプでも豊かな低域を感じさせてくれます。バスレフポートの形状は縦に長いデザインで、センターにラインを入れています。トゥイーターはScanspeakで、ウーファーはSBのアルミコーンを使用しています。
スピーカー・ユニットを軸外特性まで測定し、精緻なネットワークを構築することで、バランスが取れた音を聴くことができる時代になりました。しかし、スピーカーから流れる音楽の熱量を測定できるセンサーはありません。残念ながら測定は音のバランスまでとなりますが、これに耳力を加えネットワークの完成度を上げていきます。魂を組み込む作業といっても良いでしょう。コンデンサーのメーカーの違いや、配線で使用する線材の違いでの音の変化、さらには使用するハンダの種類であったり、いろいろな要素が入ってきます。そして、最後は自分の耳がセンサーとなり、それに心の要素も加わって音が決まります。この部分は数値化できませんが、人の聴覚センサーが基本だとすると人の耳の数だけ基準があるということでしょうか。
写真集 田中昭史「秩父風景-祭り日」
冬青社 ¥4,200(税別)
展覧会 2023/5/27まで ギャラリー冬青