Rullit Lab8を味わう

 

 

 

 

Atelier Rullit Lab8

これまでルックスが好きで、集めてきたヴィンテージ・スピーカーとは、全てが異次元のRullit Lab8。少し調べたぐらいでは、ほとんど資料が出てきません。謎の「Oleg Rullit氏」と彼のアトリエ。ユニットの画像は多く残されていますが、それは、ほぼ外観だけになります。構造についての記述は、非常に少なくて、音への賛美がほとんどで、積極的な説明ではありません。Oleg Rullit氏は、人を寄せ付けない孤高の人物だったのか、研究で知り得たであろう膨大なノウハウの流出を避けるためなのか、自らスピーカーを語ることがなかった。13歳からスピーカーの修理をはじめ、数千台のスピーカーを修理する中で出会った、世界大戦前に製造された特別なスピーカー。このスピーカーを研究し数百台の試作を経て、今のLab8などのユニットが開花したようです。機種名から想像するに、このドライバーはRullit氏が一番好きなものなのかも。Ferrari Dinoと同じような感じを受けますが、あくまで、私の連想です。

 

Oleg Rullit氏? Atelier Rullit /Face Bookコミュニティから転用

 

 

良いサウンドを得るため、ボイスコイルのギャップを通常より狭く設定されたLowther PM2MKIIは、すぐにその構造ゆえ販売を中止したそうですが、Rullit AERO8はさらに狭いギャップを採用しています。実はオープン・バッフルにRullit Lab8を取付ける際、フレームに力が加わらないよう固定具を作りましたが、それでも多少力が加わり低域にその影響が出ました。ボイスコイルのセンター出しが必要になります。ただ、影響は少なかったので普段聴くには問題ありません。センター出しも、蝶ダンパーの固定ボルトで調整という記述がありました。センターキャップが無いので可能かも?  メンテナンス性は非常に高いようです。記述が本当なら良いのですが。

 Lowther PM2MKII(右)/AERO-8(左と下) pinterestより

音質を、想像力豊かな文章で表現できず、なんとも歯がゆい思いです。が、印象的には永久磁石8″サイズから出せる音の範囲を大きく超えています。特に低域の質感はさらに大きいサイズのそれで、豊かで繊細な低域は弦の振動などを実にリアルに表現してくれますし、皮膚で感じる低域のエネルギー感も充分です。ボンヤリ感が無いシャープな印象が非常に好ましく、ローパスフィルターを持たない仕事で使うデジカメのLeafやLeicaM9の写りを連想させます。Photoshopのアンシャープマスクではありません。鹿革エッジは、低域のコーン振動を吸収し、反射がコーンに戻ることを許しません。永久磁石仕様と違い電磁ブレーキをかけた状態で低域に余分な音がほぼ出ていないのは、聴いてすぐに感じられることです。ですから、当然中域の純度も高く、本当に気持ちが良いです。高域も、普段少しキツイなと思う楽曲の部分を、スッと通り過ぎていきます。高域もまた実に繊細な感じでエネルギー感も充分。今のところ、低域から高域まで、ほぼ理想の音だと感じています。この音を出せるレシピが残っているかどうか分かりませんがOleg Rullit氏の音への追求心に加え、十分な研究が行えた環境があって達成できた偉業といって良いでしょう。開発ラボからではなく、周波数特性なども使わず、作業現場から産まれ出てきた、まさに理想のフルレンジです。Rullit氏は、メインテナンスが仕事の職人なので、メーカー製のスピーカーには無い気遣いもあるでしょう。仕事をしながら1日中聴いていて、ふと音楽に耳を傾けると、ずっと大きいサイズのスピーカーからの豊かな響きが聴こえます。左の画像はツイーターですが、デザインに惚れ惚れします。

                                                        pinterestより画像借用。下段の画像も同様です。

8インチはシリーズ化しています。Lab8は一番低価格帯のユニットで、他にAERO8 / Classic 8 などがありAERO8は電源を含んで販売していたようです。コーンは和紙?のオリジナル製です。コーンを硬化させる含浸液は開発したオリジナル。Lab8の弱いシャーシは、Telefunken 8″(型番不明)のシャーシと似ています。手元にあるのでジックリ比較してみます。そういえばアルニコ仕様もラインアップに含まれています。
Rullit Lab8は、もともと生まれた時代の音や楽器が好きなようです。アコースティック楽器や女性の声、コレは絶品です。しかし、ビリー・アイリッシュやハンス・ジマーの低域は好まないようです。デジタルで創作した低域成分そのままは、おそらくボイスコイルや鹿革エッジのストロークがねをあげる、唯一苦手な演奏です。ですからデジタルだけで作った楽曲はすぐ分かります。デジタルであっても、一度スピーカーを通りぬけてから録音されていれば問題なく演奏できます。元々のフレームの時代になかった音源を、このスピーカーは苦手とするようです。
左画像は、AERO8です。これも同じ8”ですが材質も見た目も一つグレードが高いシリーズです。Atelie Rullitはシャーシ流用なので、同じ型番でも全く違うデザインが存在します。6”や12”などサイズのバリエーションもいろいろ。全部の音を聴いてみたくなりますね。格好イイな。

励磁スピーカーに陶酔する方達は、ほぼ同じ話をします。低域の純度と分解能、そして豊かな中域、さらに混ざり気のない高域。このRullit Lab8にも当てはまります。励磁であることで永久磁石とは別の音世界が展開するわけです。では、その励磁スピーカーの中でRullitはどうなんだろうか? 励磁スピーカーを常時聴かれている原さんが、良い音だと驚かれたのは、励磁の世界の中でも優秀であることを想像させてくれます。

アンセル・アダムスやウィン・バロックの、8×10サイズのネガを密着プリントした写真をご覧になったことがあるでしょうか。微妙なトーンが連続しフィルムの粒子がない写真。絵画が追いつけないトーン。芸術。Rullit Lab8の音には、この密着プリントに通じる密度と階調があります。そしてコダックが産み出した傑作フィルムKodachromeの深い色もまた、このスピーカーに通じる奥行きや時を内包します。ダイナミックレンジだけでは語れない世界。デジタルが無い時代、今のデジタル表現をはるかに超える技術がありました。今は簡単にそれらを捨ててしまいましたが、愚行にも程があります。利便性だけで表現を考えてはダメです。励磁スピーカーは世界でまだ数社製造を続けていますが、これからも励磁技術を継承しつづけてほしものです。どうやら、私は、励磁スピーカーに魅せられてしまったようです。