幻の聴覚

最近、耳鳴りが気になっています。ある先生に、耳鳴りはミトコンドリアが正常な動きをしていない時に聴こえますと教えられました。ある先生からは、「アッ。それ治りません。」と簡単に言われてしまいました。非常に気になります。この耳鳴り、実際には存在しない音を聞いています。耳というセンサーが壊れ始めたのか、それとも脳の問題だろうか?

木工の服部師匠のところで、裏側の音が無いスピーカーという話題が出ました。「裏の音が無いので、音楽が楽しくない。さらに、裏の音が出ないスピーカーは、現代のスピーカーに多い。」というような話です。
難易度の高い話です。ところが、これを解消する方法がある、ということなんです。それは裏を持つモノを使って解消するということでした。実際にはエンクロージャの上に、裏があるモノを置いて欠如を補うという方法です。聴き比べると、確かに随分音に厚さや広がりが出てきます。実に興味深いことです。そこで服部師匠は、お弟子さんに対して実験を行なっています。ほとんどの方がオーデイオには興味を持たない、五歳のお子さんからご高齢の方まで、万遍なくリサーチ。その音を聴いて、「なぜ!?」と顔を見合わせて音の激変に驚愕。しかも、横で聞いているような方まで音の変化に気づいて驚きます。この調査は意味があります。何せサンプル人数が多いですから。しかもオーデイオに興味がない方達ばかり。「気のせい」ではありません。
オーディオ好きな方は、耳だけでなく皮膚や体全体で音を聴くことをします。では、この裏側ブーストの音はドコで聴くのだろう・・・。みなさん、いったいどこで聴かれていたんでしょう。耳だけでないことは確信が持てます。聴力って、いったいなんでしょう?


裏を読むという言葉があります。オモテ面より、むしろ裏側に本音があったり、本質が隠れていたりと、何かと裏側には奥深い魅力と存在感があります。平面バッフルも、裏側からの音が、オモテの音を決定したりします。ウラの稼業なんていうのもありますなあ・・・ とにかく、何事も裏側を知ることで深い理解に達することができます。

現代人は、本来人間が持っていた能力を失っていると感じることがあります。なんで技術がない時代にこんなことが分かっていたのか? たとえば古い書物にある経絡図。ツボは全身に360箇所あまりあるようで、現代なら電気的にその場所を探し当てることもできますが、これは、紀元前の紙も無い時代から引き継がれてきた哲学です。なぜ?そんなことが分かったの?? 当然、感じる能力があったという事でしょう。どう感じて、全身の経絡と該当部位の関係まで、どのように正しく理解できたのか・・・?。
やはり、本来、人間が持っていた能力で、時代が進化・変化する過程で人間が失ってきたものが多くあるのではと思うのです。でないと説明が難しいことが沢山あります。
それを修行することで、蘇らせ生活の中で使うことができるようにしている人たちがいます。実は、裏の音が無いと指摘された方が、そのような能力を持っていらっしゃる方です。いつも、思わず納得してしまうことを口にされます。今回裏が無いとご指摘のスピーカーは、巷で評価が高いFYNE AUDIO製のF500です。
実は、同じスピーカーの改造をお手伝いしたことがあります。それはアンプでお世話になっている相島師匠なのですが、音に不満があってエンクロージャの改造に至っています。具体的には、エンクロージャの剛性を高める改造を行いました。偶然でしょうが二人の師匠が同時に、方法は別ですが音の改善を試みています。このお二人、もしかしたら同じ感覚をお持ちなのかもしれません。そういえば、相島師匠の部屋からF500の姿が消えていました。

「裏の音」の存在は、はっきりしたカタチで確認ができました。しかし、それがどんな音なのか確認できる術はありません。実際、「裏の音」に本根や企てが隠されているとしたら、「裏の音」がない音楽だと表面的でミュージシャンの思惑とは離れた建前的音楽を聴いている事になります。エンクロージャの裏側を前にして音楽を聴くのも間違いでしょうし、やはり天井に本を置くしか無いのかなと思われますが、「裏の音」の有無は比べてみないと分かりません。一瞬で「裏の音」の有無を聴き分けられる耳は実に羨ましいのですが、ワタシの耳は耳鳴りでその能力の多くが失われているでしょう。しかし「裏の音」を感じる聴覚は、耳ではなく心なのかもしれません。では、その心、どうやって鍛えたら良いのでしょう。深い謎です。

今回試聴で聴いたのはハンス・ジマーの「2049」です。低域から広域まで広い音域でユニットの特性を知るのにピッタリの曲です。このブログでは二度目の紹介です。本を載せた後の、広大な世界観に圧倒されました。F500、私の耳では素晴らしい音と感じましたが、志賀直哉の本はそれにさらなる深さを加えてくれました。画家であった服部師匠の父君への直筆メッセージが、より深い世界を感じさせてくれるのか? 今回の話をカルトと思われた方、心を無にしてぜひ一度お試しください。